「赤城山」
という、群馬を代表する日本酒があります。
ラベルに大きく書かれた「男の酒 辛口」の文字は、一発で酒の特徴がわかるパワフルなキャッチコピー。すさまじい潔さ。
ラインナップは複数種類あるけど、特に有名なのが「赤城山 辛口」。
これのシェア率は本当にとんでもなくて、冗談抜きでどこでも売ってる。群馬県内であれば酒屋に行かなくても、ほぼ全てのスーパーで買える。コンビニでも売ってる。飲食店で置いているところも多いです。
だもんで、群馬の酒飲みおじさんに大人気。うちのじいちゃんも赤城山大好きです。
群馬の食文化にマッチした美味しいお酒
辛口というと「安酒」みたいなイメージを持つ人も少なくないと思うのですが、こちらのお酒は辛口といえど、あの「つ〜ん」としたキツいアルコール感は一切ない。
むしろ、米のふくよかな旨味を感じながらも口の中がリフレッシュされて、なんだろう、猛暑日にバニラアイスを食べた時みたいな感じ。爽快さとコクが同居してます。

みどり市「神梅館」のおっきりこみ
群馬県民は、県民性として「味付けの濃いもの」を好みますよね。味噌や醤油をたっぷり使った甘辛い味付けが大好物。
赤城山は爽快なお酒だから、そういった濃い味にもバッチリ合う。食がどんどん進みます。
つまり、県民に売れるべくして売れているお酒なんです。
あまりにも安すぎる

近藤酒造のオンラインショップから引用
しかし、この「赤城山 辛口」の価格は四合瓶(720ml)で税込み840円。1合あたり210円です。僕は日本酒が好きなので色々な場所で買っているけれど、大量生産の普通酒を除き、ここまで安いお酒はあまり見ません。
正直、このクオリティで840円はありえない値段だと思います。近藤酒造に「全自動酒づくり機」みたいなロボがいて人件費がゼロ円なら別だけど…。
これは群馬に住む者として常々気になっていたトピックなので、赤城山をつくる近藤酒造さんにお邪魔して確かめてくることにした、
のですが………、
結論から言うと、現場を見ただけでは全く分かりませんでした。本当です。意味わからんほどコストかかってる。
信じてほしいので、以下に見学レポートを記します。
現場を見れば安さの理由が分かると思った
こちらが近藤酒造でお酒づくりをしているスタッフのみなさま。法被の胸に輝く赤城山の文字がカッコいい…!
①ほとんど手作業で進む酒づくり
仕込みが始まる時刻は、8:30過ぎ。それも、準備を始めているのは5:30頃だというので驚きです。
日本酒は10℃前後で醸造されるため、冬から早春の朝に仕込むことが多いんですね。
蔵には、ふくらみのある甘酒のような香りが漂います。加えて窯から立ち上がる蒸気や適切に冷えた気温が、ここで日本酒がつくられていることを教えてくれるよう。あぁ、幸せな空間だ……。
蒸されたお米はクレーンで運び込まれ、酒へと姿を変える準備が始まります。
最初の作業は麹づくり。レーンを流れる米に種麹と呼ばれる”麹のもと”をふりかけ、揉み込んでいきます。
こういう所こそ機械化されていると思ったのですが……。
麹の種が蒔かれた米たちは、温度管理が徹底された製麹室(せいぎくしつ)に移動。
ここで乾燥させて麹菌の繁殖をうながすと、2日後にはほのかに甘い麹米が完成するんですね。
一口味見させていただいたんですが、ポン菓子に近い味でした。おいしい!
続いて、醪(もろみ)の作業。
これは櫂入れ(かいいれ)と呼ばれるもので、醪をかき混ぜて均等な発酵を促進するための工程です。つまり撹拌しているのはタンクの中。
麹づくりに始まり、ここまでほとんど手作業で進んでいます。
840円の意味がわからない。
②プリウスより高価なマシーン
こちらは、ラボ感のある事務所に並ぶマシーンたち。蒸留させるもの、温度管理をするものなど種類は様々です。
ひとつ金額を聞いてみたら「新車のハイブリッド車が余裕で買えるくらい」だそうです。無粋なんだけど、「この部屋だけで一体いくらになるんだろう…」とか考えてしまう。
③酒粕の回収は結構たいへん
最後は、「醪からお酒を搾る機械」に残った酒粕を分割して袋詰めしていきます。
酒粕、こうなってるんだ…。
100枚をゆうに超える板状の酒粕。しかも一枚一枚がすごく重いんです。腰にくるやつ。
コクがあり甘酒にピッタリな酒粕。パッキング後はこのまま小売店に向かうそうです。
というわけで、スタッフのみなさんが全員で行なう作業は終了しました。この時点で時刻は10:00くらい。
この後も個別の持ち場で仕事をするそうですが、ひとまず休憩。お疲れ様です…!
分からなかったので杜氏さんに聞いてみた
朝から始まった酒づくりの現場を確認してみたけど、「なるほど、赤城山はそれで安いのか!」と納得できるポイントがひとつもありませんでした。温度管理以外はほとんど手作業だし、マシーンは高いし、体力を使う工程も多い……。
……
あっ、そうか、原材料が安いのか…?
もし工程に手間がかかっていても、原材料が安ければ840円になるのも納得だ。
ほとんどタダみたいなお米を使って、加工の段階で美味しくしてるということか!(それはそれで凄い)
見えてきたぞ。これは直接聞いてみて確かめるしかあるまい。
ということで、近藤酒造で現在杜氏をつとめている成子(なるこ)さんにお話を伺ってみました。さあ答え合わせの時間だ!
市根井「今日はお忙しいところ、仕込みを見学させていただきありがとうございました。つかぬことを伺いますが、赤城山の原材料はどんなものを使っているのでしょうか?」
成子さん「酒米として評価の高い美山錦、水は赤城山の伏流水を使っています。原材料が高品質のため雑味が少なく、濾過も最小限に抑えられるんですよ。」
市根井「えっ?美山錦って、わりと高級な酒米ですよね。ではなぜ赤城山はこんなにも安いのでしょうか…?」
成子さん「ひとえに、会社(近藤酒造)の営業努力だと思います。私は杜氏の仕事をして約30年ですが、ここまで原材料がいいのに安く販売している会社は初めてです。私も驚いています。」
現代の群馬県民はラッキーだ

敷地内にある井戸。ここから銘酒が生まれていく…!
赤城山が安い理由を知りたくで酒づくりの現場に行ってみたけど、「酒づくり」のフェーズでは安さのカラクリが見当たらず。原材料や工程を顧みると、むしろ高級になってしまいそうな勢いでしたよね。
そして杜氏さんに聞いてみて判明したのは、まさかの営業努力!!

ふつうに飾ってある中曽根元総理(現在100歳)と近藤会長
会社側の努力だったのか!ということで、最後に酒造のトップである近藤会長に電話でお話を伺ったところ、
「昔からそういうやり方でやっているんですよね」
という一言がありました。
……なるほど、つまり近藤酒造は伝統的に赤城山を安く提供しているわけだ。
酒造りをしているスタッフの創意工夫、そして会社が長年にわたって築き上げた地域との関係性。
「ビジネスとしての合理性」とか「マーケティング」とかそういうことではなく、伝統。
だってこれは、男の酒だから…!
赤城山を大量に消費している群馬県民は、いつのまにか近藤酒造の文脈の中でメリットを受けていたわけです。つまり、単純にクオリティの高いものを安く手に入れられているだけということ。
群馬県民、ラッキーすぎる。
撮影・執筆=市根井
(協力:みどり市観光課)